二者間の攻防に潜む規則性
✓ポイント ✏
• 剣道における二者間の素早い攻防は、わずか6個のパターンで成り立っている
• この6個のパターンの切り替えが無数の複雑に見える動きを生成している
• 二者間の攻防は、「遠い間合いでの素早い攻防」と「近い間合いでのゆっくりした攻防」 で行われる
• 熟練者ほど「遠い間合いでの素早い攻防」を好み、非熟練者ほど「近い間合いのゆっく りした攻防」を好む
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要旨
ボクシングやフェンシングなど、二者が競う対人競技においては、間合いの攻防が勝負の決 め手となります。日本の武道である剣道では、動き出してから打突に至るまで、0.4秒も要しま せん。名古屋大学総合保健体育科学センターの山本裕二教授のグループは、こうした素早い攻 防が行われる剣道の試合における二者の動きを、リターンマップ(用語解説1)を用いて分析し ました。その結果、複雑に見える素早い攻防が、わずか6 個のパターンの切り替えで成り立っ ていることを明らかにしました。さらに、その攻防は「遠い間合いでの素早い攻防」と、「近い 間合いでのゆっくりした攻防」の2つに分類されました。そして熟練者は、「遠い間合いでの素 早い攻防」を繰り返すことを好むのに対して、非熟練者は「近い間合いでのゆっくりした攻防」 を好むことを明らかにしました。本研究成果は9月 4日(米東部時間午後5 時)付の“PLoS ONE(http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0072436)”に発表されました。
背景
私たちは、予測が難しい環境の中で生きています。突然かかってきた電話への対応、人ごみの中 を目的地に向かって、人とぶつからずに歩くときなど、日常生活の中では、動きながら何らかの判 断をして、次の動きを連続的に生成しています。それぞれの場面で生成される動きは一見同じよう に見えますが、同一ではありません。剣道やフェンシング、ボクシングなどの対人競技での攻防で も、まったく同じ動きが再現されることはありません。しかも、瞬時の判断と実行が要求されてい る場面の連続です。ではどうすればこのような予測が難しい環境の中で、無数の複雑に見える動 き、しかも素早い動きができるのでしょうか。研究グループは、対人競技の中に典型的にみられ る、人間の素早い判断と実行がいかに行われているのかを調べました。また、上手い人と下手な人 の違いについても検討しました。
研究の内容
今回研究グループは、大学ナンバーワンの剣道チームのレギュラー選手(熟練者)と、控え選手
(非熟練者)それぞれ6名に、熟練者は熟練者同士、非熟練者は非熟練者同士で、毎回異なる相手と 5分間の試合をしてもらいました。その様子を撮影し、二者間の距離とその速度を求めました(図
このリターンマップでは、ある状態(アトラクタ)にどのように近づいたり、ある状態(リペラ) からどのように離れたりするか、つまり、二者間攻防のパターン分けが可能となるのです。理論的 には6種類のパターンが考えられます。実際のデータに当てはめたところ、全体の84.1%にあた る291場面でこれらのパターンが見つかりました(図2)。さらに、一つの打突場面の中で複数の パターンが切り替えられている場面(図3)が、全体の3割以上(121場面、35.0%)もありまし た。このことから、理論的に予測された、わずか6個が二者間攻防の基本パターンであり、これら のパターンの切り替えが複雑に見える無数の動きを生み出すと考えられます。
では、どういった状態に近づこう、あるいはそこから離れようとしているのでしょうか。分析の 結果、「遠い間合いでの素早い攻防」と、「近い間合いでのゆっくりした攻防」という2つの状態が あることが分かりました。そして、この2つの状態が切り替わる確率(状態遷移確率)(用語解説 2)を求めたところ、熟練者は「遠い間合いでの素早い攻防」が多いに対し、非熟練者は「近い間合 いでのゆっくりした攻防」が多いことが明らかになりました(図4)。これは、熟練者は「遠い間合 いでの素早い攻防」を好み、非熟練者は「遠い間合いでのゆっくりした攻防」を好むと言い換えら れるでしょう。つまり、熟練者も、非熟練者も持っている攻防の基本パターンは同じなのですが、 どういった攻防を好むか、その違いによって二者間攻防に見られる動きが異なるということです。
これらは、人間の瞬時の判断と実行が、2つの離散的な状態の遷移(離散力学系)と、そこに向 かう連続的な6パターンの切り替え(連続力学系)からなる力学系(用語解説3)として理解でき ると考えられました。
成果の意義
• 複雑に見える素早い二者間攻防は、6個のパターンの切り替えによって生じていることを明 らかにしました(二者間攻防に潜むパターンの発見)
• 6個のパターンとその切り替えは、2つの状態(「遠い間合いでの素早い攻防」と「近い間合 いでのゆっくりした攻防」)を遷移する確率として表現できることが分かりました(二者間 攻防に潜む規則性の解明)
• 上手さの違いは、持っているパターンの違いではなく、どういった攻防を好むかであること が示唆されました(熟達の秘密)
• 予測不可能な環境に対応する人間の「競創の知」の解明につながることが期待される
論文発表
タイトル Joint action syntax in Japanese martial arts
著者名 Yuji Yamamoto, Keiko Yokoyama, Motoki Okumura, Akifumi Kijima, Koji Kadota,
& Kazutoshi Gohara
掲載雑誌 PLoS ONE x(yy) e72436. DOI: 10.1371/journal.pone.0072436 URL http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0072436
研究助成 科学研究費補助金[20240060, 24240085]
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3
x103 (s) 0
2
4 1試合の二者間距離の時間変化
1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 1.9 途切れた部分を取り除いたもの
1.6 1.62 1.64 1.66 1.68 1.7 1.72 1.74 1回の打突までの場面
二者間距離
x 103 (mm)
0 2 4
二者間距離
x 103 (mm)
0 2 4
二者間距離
x 103 (mm) x102 (s)
x102 (s)
A
B
C
図1 Aは1試合の二者間距離の時間変化。Bはその中から途切れた部分を取り除いたもの。Cは分析に 用いた1回の打突までの場面の時間変化。
用語解説1 リターンマップ
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フランスの数学者、アンリ・ポアンカレは連続した時間変化(周期軌道)は、軌道がある時間後戻って くる断面(ポアンカレ断面)上の点に写像される(ポアンカレ写像)ことを見出しました。これによっ て、連続した時間変化をある一定の規則で切り出して、離散的に観測しても、そのシステムの振る舞い があらわされることになります。そこで、今回の研究では、二者間距離とその速度から求めた状態変数 のピーク点を求め、その大きさを順番に見ていきます(図3A)。横軸にn回目のピークの大きさを、縦 軸にn+1回目のピークの大きさを取って表したのがリターンマップです(図3B)。図2のa, bはそれ ぞれ漸近的に、あるいは回転しながらある点(y=xとの交点)に近づいていきます。この点をアトラク タ(attractor)と呼びます。また、c, dでは逆にある点から漸近的、回転しながら離れていきます。こ の点はリペラ(repeller)と呼びます。さらに、e, fではある点に最初は近づくのですが、その後その点 から離れていきます。これはインターミッテンシー(intermittency)といいます。このようにして、 連続的に時間変化するシステムの振る舞いを離散化することによって表現したのがリターンマップです。
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D C
E
F B A a
b
c
d
e
f
d’ c’
e’
f’ b’ a’
-1 < a < 0 y = ax + b
xn xn+1
0 < a < 1
xn xn+1
a < -1
xn xn+1
1 < a
xn xn+1
y = b exp(ax) xn xn+1
y = a log(x) + b
xn xn+1
xn xn+1
xn xn+1
xn xn+1
xn xn+1
x
n xn+1
x n
xn+1
0.7 0.8
0.7 0.8
0.8 0.9
0.8 0.9
0.6 0.7 0.8
0.6 0.7 0.8
0.6 0.7 0.8
0.6 0.7 0.8
0.55 0.6 0.65
0.55 0.6 0.65
0.7 0.8
0.7 0.8
(0, 1) (1, 2)
(2, 3) (3, 4)
(4, 5) (0, 1) (1, 2) (2, 3)
(3, 4) (4, 5)
(9, 10) (10, 11)
(11, 12) (12, 13)
(5, 6)
(9, 10) (6, 7)
(8, 9) (7, 8)
(10, 11)
(5, 6) (6, 7)
(2, 3) (3, 4) (4, 5)
(0, 1)
(1, 2) (2, 3) (3, 4) (4, 5)
(5, 6) (0, 1)
(1, 2) (2, 3)
(0, 1)
(1, 2) (2, 3)
(0, 1)
(1, 2) (2, 3)
(0, 1) (1, 2)
(2, 3)
(0, 1) (1, 2) (2, 3)
a = -0.360 b = 1.064 a = 0.552 b = 0.308
a = 1.627 b = -0.505
a = -1.112 b = 1.584
a = 2.014 b = 0.188
a = 0.704 b = 0.907 (0, 1)
(1, 2)
(2, 3)
x0 x1
x2 x3 x0 x1 x2 x3
x0 x1 x2 x3 x0 x1 x2 x3
x0
x1
x2
x3
x0 x1 x2 x3
アトラクタリペラインターミッテンシー
図2 a-fは理論上考えられる6種類のパターン。A-Fはそのパターンに対応した二者の動き。a’-f’は実 際のデータを当てはめた例
0 2 4 6 8 10 12 0
0.5 1
Time (s)
0.7 0.8 0.9
0.7 0.8 0.9
基準化したXIPD(t) X(t) A
B
xn xn+1
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
(0, 1)
(1, 2)
(2, 3) (3, 4) (4, 5) (5, 6)
(6, 7) (7, 8)
(8, 9) (9, 10)
(10, 11) (11, 12) (12, 13) 0
図3 Aは合成変数(X(t))と基準化した二者間距離(XIP D(t))の時系列。Bはそれをリターンマップ で表し、パターン分けをしたもので、3つのパターンが切り替わっています。0から5までがアトラクタに 漸近的に近づくもの、5から9までがリペラから回転しながら離れ、9から13まで再びアトラクタに漸近 的に近づいています。
遠 .95 遠
1.0
遠 近 .83
.23 近 .00
近 .05
近遠
遠遠 近近
遠近
遠 近
遠 .77
近 .17
遠 .24
遠 .81 遠
.43
遠 近 .43
.76 近 .57
近 .19
近遠
遠遠 近近
遠近
遠 近
近 .57 遠
.96 近
.19
遠 .81
近 .04
遠 近
遠 .31 近 .18
遠 .82 近
.69 近 遠
熟練者 非熟練者
図4 上段は二次の遷移確率で、丸の中の文字は一つ前の動きを表し、矢印のところの文字は次の動きを表 します。例えば、一つ前の動きが「近い間合いでのゆっくりした攻防」で、次も「近い間合いでのゆっくり した攻防」が続くのが熟練者の場合には19%に対し、非熟練者では69%になるということです。下段は 三次の遷移確率で、大きな丸が一つ前、その中の小さな丸が二つ前の状態を示します。「近−近−近」と続 くのが熟練者では0%なのに対し、非熟練者では57%にも上るということです。
用語解説2 状態遷移確率
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入力に対して内部状態に応じた処理を行い出力する仮想自動機械、あるいはオートマトン(automaton) において、内部状態が変化することを状態遷移といいます。自動販売機で釣銭がある場合には、そのま ま購入できるので何の表示もしませんが、釣銭が切れると、「お札では購入できません」と表示をするよ うな場合です。この場合には、内部状態に応じて出力が決定されますが、こうした状態の時間変化が確 率に基づいて生じる場合を、マルコフ連鎖(Markov chain)、マルコフ過程などと呼びます。この時 の確率が状態遷移確率で、この確率に基づき、今の状態から次の状態が決定するということです。この 際に、一つ前の状態、二つ前の状態に依存して、次の状態が決定される場合もあります。つまり、記号 系列のような離散的に時間変化するシステムの振る舞いを表現する方法です。
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用語解説3 力学系
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力学系(dynamical system) とは、現象の時間変化を記述し、その仕組みを理解するものです。カ
オスやフラクタルを含み、物理・化学の現象から、生命・自然現象までをも共通の理論的枠組みで とらえようというものです。大別すると、記号系列 (a, b, a, c, d, · · ·)の時間変化を扱う離散力学系 (discrete dynamical system)と、動きのような連続した時間変化を扱う連続力学系(continuous
dynamical system)があります。私たちは、環境からの入力と今の動きの状態に対応して、次々と新
たな動きに切り替わっていく現象をこの二つの力学系から明らかにしようとしています。例えば、「赤上 げて、白上げて、赤下げないで、白下げない」といったゲームで説明すると、「赤/白」、「上げる/下げ る」は記号で、離散力学系として考えられますが、それに対応した動きは連続力学系です。
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